2008

06.09

« 天国より野蛮 »

「オメェラはウルトラマンにでも守られてんのか? それとも楽園にでも住んでんのか?」

というのは、坂本ジュリエッタ先生のお言葉ですが、最近、今までに書いていた事が世相と反映しつつあります。
例えば、これ。


聖火リレーの際、中国人サポーターが大暴れしていたのに、暴動を恐れて警察は手を出さず、逆にチベット支援者だけを取り締まりました。
米兵や、自衛官による強姦などの犯罪も頻繁に報道されています。
これに対して、「警察や自衛隊は市民と正義の味方ではなかったのか」というような、甘い甘いマックスコーヒーなみの甘ったるい認識と論調で語っている人が多かったようですが、みんな、いい加減、自分の身は自分で守るしかない事に気付くべきではないかと思います。

そして例の通り魔事件です。
楽観的な人は、何百人といる中で、17人しか被害に遭わなかったと見るかもしれませんが、一人の犯罪者に対しての被害者の量としては、充分すぎると思います。
前の前の日記で、逃げることの難しさを書きましたが、何百人もいて、全員、逃げまどうだけでなく、戦っていたら、そこまでの死傷者も出なかったのではないでしょうか。
たとえば、ニューヨークの真ん中で同じ事件が起きたら、ここまでむざむざとボーナスゲームのようにザクザク殺されはしなかったと思うのです。
絶対、逆に飛びかかった奴もいただろうし、一人組み付いたら、他の人もどんどん尻馬に乗って犯人をボコボコにしていたでしょう。
そこまで出来なくても、数百人で、バンバン持ってる荷物でも缶ジュースでも小銭でも、とにかく投げ付けまくるとかすれば、どうにかなったんじゃないでしょうか。

勿論、見知らぬ人の為に命を捨てて戦えとか、そんな事は言えないし、私もやろうと思いませんが、最低限、自分と身の周りの大事な人を暴力から守るくらいの心得は生物として必要だと思います。

しかし、よくこんな民族が、ロシアとかアメリカと戦えたな。
ナイフ持った契約社員一人に、こんなに殺されちゃうんじゃ、精悍なマサイ族の戦士とかが相手だったら百人は殺されてたんじゃないかな。


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comments

切れ物相手に飛びかかるのは無理としても、何百人といる中の数名が、その辺の店にあるブラシの棒でも、金属のパイプでもいいから手に持って牽制すれば、死者7人まではいかなかったのではないかと思うと残念です。
物を投げるのは怖くてできないかもしれません。ブロックとかラジオとか、少し重量があって投げやすいものはたくさんあったと思いますが、逆上した犯人がこちらに向かってきたらどうしよう、と躊躇してしまうと思います。
長めの棒状のもの、が一番ですね。

自分がその場にいたらどうだったか?、と、武器を扱う武術をやっている人間は考えたでしょうね。

えんしゃん:2008/06/11(水) 08:57:24 | URL | [編集]

私は、消火器が一番良いと思います。
噴射して良し、振り回して良し、投げて良し。
固いから刃物も防げるし。

しかし、どちらかというと得物の種類より地理的状況が物をいう気がしますね。
間に一枚ガードレールか、一本電柱を挟んでいれば、素手でも割とチャンスはあると思います。

商会長:2008/06/11(水) 16:53:15 | URL | [編集]

楽園なんですよ、地球視野で言えば。
だから銃の乱射ではなく刃物の通り魔だし、所謂発展途上地域なら爆弾で吹き飛ばされてたでしょう。
権力争いの暴力団同士の抗争と、ちんけな自己実現に失敗した恨み節では動機が云々はおいといて...しかしそれこそが、楽園に於ける暴力の一例ですよ。
で、こんな楽園慣れした民族だからこそ、ちょっとしたきっかけで集団ヒステリー起こしたり、簡単にコントロールされちゃったりして、時にすごい喧嘩を、まさに夢中になってしちゃうんですよ。
蛇足ですが、近い将来、環境ファシズムが現れますよ。

酔性人:2008/06/17(火) 03:25:21 | URL | [編集]

環境ファシズム…それが何なのかも気になりますが、酔性人さんが誰なのかも気になる所です。

商会長:2008/06/20(金) 22:37:09 | URL | [編集]

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