2008

06.22

« フラダンスの犬 »

今日は縁あって、妻の友人の結婚式に出席してきたのだが、その時に新婦の通っていたフラダンス教室の人たちによる演舞があった。
露出の高いお姉さんによる踊りはなかなか、可愛らしいものであった。いわゆる一般的なイメージの中のフラダンスである。柔らかく、のどかな感じだ。

だが、その後で出てきた先生。
ぽっちゃりとした、マトリューシカのようなおばちゃん。
この人の踊りが凄かった。足さばきが目で追えない。そして、足運びと体移動に、全くタイムラグがない。動作と動作のつなぎ目がない。私の見たことのない異質な動きであった。

かつて、「旦那102芸」に、靴の文化は踵に、サンダルの文化は親指の付け根に重心を置き、裸足の文化はすり足が多いと書いたが、これは、どれにも当てはまらない。
強いていえば、土踏まずに重心があるように見えた。
それでいて、足を地に擦る事もなければ、足を上げて浮かす事もないホバー的なステップである。しかも、重心の高さが完全に一定で、頭は上下しない。

その歩み自体は、太極拳の「雲手」などにも通じるのだが、より、回転運動やうねりを加えた縦横無尽さがあった。
しかも、バレエなどの中心軸は、凄い回転力を持ってはいるが、誰かが突き飛ばせば、確実に転ぶのは目に見えている。気をぬくと、維持できなくなる中心軸だと思うが、この人のは、突き飛ばしても、出足を払っても、仕掛けた方が崩されると思うような安定感がある。まるで小型の竜巻だ。

全く驚かされた。世界は広いなあ。

本部御殿手に似ている気がする


男のフラは八極拳っぽい








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    2008

06.20

« 失われた時を求めて »

木曜の稽古で、Rうdyさんとzavitangさんが休み。
誰も来ないし、流れるかと思っていたが、ひょんな事から思い立って、昼にタロ氏を誘っていたので、珍しくタロ氏と二人で稽古をすることになった。

動きがキモい、ファッションがキモい、などの的確な指導に応え、ガッツを見せるタロ氏。
最初の基礎鍛錬の時点で汗だくになって肩で息をするほどの全力投球ぶりだった。
引きずられて私も疲労の態に。

休み休み、つらつらと二時間ほど稽古。休憩中、床運動をしている団体などを指して、あいつら男女のペアで補助とかぬかしてケツとか触りまくってるぜ、等と童貞的な呪詛をまき散らす。
じゃあ、最後に組手でもしてあがりますかと言うと、タロ氏が、「俺はあいつらへの怒りをこめてやりますよ!」と力強く立ち上がった。

そして数歩行って振り返ると、ゼンマイの切れた人形のように、目を見開いたまま、うつぶせでタロ氏が倒れている。ぴくりとも動かない。
何これ? ドアラ? ギャグなの?
転がっているタロ氏の脇腹に足尖蹴り。動かない。4秒ほど、完全に無反応が続く。さらに会陰にも一発。
すると、急に起き上がってきて、「あれ? さっき、何かしました?」とタロ氏がキョトンとしていた。

どうやら倒れていた間の記憶が無いようだ。慌てて「7×8は?」と聞いてみたところ、「ごじゅうさん?」と答えるタロ氏。
まずい。重症だと思い救急車を呼ぼうかと思ったが、単に元々、九九が出来ない子なだけだった。

その日はそのまま、早々に稽古を切りあげる。「魚民」が1000円飲み放題だったので、飲みに行く。頭を打って失神した訳ではないので、大丈夫だろうという判断。本人も人生初めての気絶体験に、はしゃぎ気味だった。

その後、いつも通り、タロ氏の青年の主張(俺はセックスがしたいんだ・セックスがしたい俺は、等)を拝聴。かつて風俗でサービスしてくれた45歳のおばちゃんへの感謝の念などを聞かされ、ハートウォーミングな気持ちになる。早く帰りたかったが。

まあ、死ななくて良かった。

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    2008

06.12

« 秘伝、奥義、極意 »

まあ、当たり前の事だけれど、たとえば力士には突っ張りや押し出しが得意なタイプと、まわしを取って投げるのが得意なタイプがいる。
ボクサーには、ファイター型と、アウトボクシングをするテクニシャン型がいる。
もし、こうした人達が、元々、不得手な戦法を無理に使おうとしたらどうだろう?
恐らく、以前より結果は思わしくなくなるだろう。

ここまでは、多分、みんな、ふんふんと頷きながら聞いている事と思う。
しかし、いわゆる武術マニア的な人はこう言うのだ。
「なるほど、なるほど。ところで合気とか発勁とかってどうやれば良いんですか?」、と。

お、ま、え、の、こ、と、だーっ!

いや、今のドラネコ商会には、そういうタイプの人はいないから良いんですけどね。
まあ、彦麻呂君とか、そういうタイプの人ですね。

キリンはキリンなりに理由があって首が長くなり、象は象の事情があって鼻が長くなる。
必然。そう、必然性が大事なんである。

たとえば、私は反射神経が良くないし、体も大きくない。
なので、当身を一々、見てから避けるのは無理だ。
それに、完全に組み付かれてしまっても、力負けしてしまう。
では、間合いを保つために、両手を最初から前に出して構えていたほうが良かろう。
そうなると、腕を伸ばしたまま、使える当身や投げ技が必要だろう。
じゃあ、寸勁のような技法も必要だ。
と、一貫性のある思考の流れの中で、必要だったら、それを習得すれば良いのであって、なんでも取ってつけた呪いのように、奥義だ、秘伝だ、というようなものを単独で習得しようとしても、それを流れの中で実際に生かす事は出来ない。
最高級の豆と米で作っても、コーヒー茶漬けが美味しくならないのと同じ事である。

と、書いておいてアレだけれど、最近、一番、身につけたいと願っている技。
それは畳返しである。
必然性? ねえよ。いいんだよ。
ロマンなんだよ。
あれ、どうやるのかなあ。昔の畳は今より一回り大きいらしいけれど。
どうも、はじっこを叩いて浮かすのかと思ったら、縁から足の親指を入れて返すという説もあるようです。
そうすると、「畳の縁を踏むな」っていう作法も、うっかり畳返しが誤発動しないようにする意味もあったんだろうか。てっきり、毒を塗った刃が仕込んであるからだと思っていたけれど。
もう一つ、時代と共に失われた技術として、「床几術」というものがあったと、安部譲二氏の書いたもので読んだ。
床几というのは、小振りなベンチのような、椅子であり、昔は町中でよくあるものだったようだ。これを、足で掻き寄せて立てたり、振り回したり、足を掬ったり、足の甲に落としたりするのだという。椅子で戦うというと、プロレスやジャッキー・チェンを彷佛とさせるが、なんとも奥深そうな気がする。

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    2008

06.09

« 天国より野蛮 »

「オメェラはウルトラマンにでも守られてんのか? それとも楽園にでも住んでんのか?」

というのは、坂本ジュリエッタ先生のお言葉ですが、最近、今までに書いていた事が世相と反映しつつあります。
例えば、これ。


聖火リレーの際、中国人サポーターが大暴れしていたのに、暴動を恐れて警察は手を出さず、逆にチベット支援者だけを取り締まりました。
米兵や、自衛官による強姦などの犯罪も頻繁に報道されています。
これに対して、「警察や自衛隊は市民と正義の味方ではなかったのか」というような、甘い甘いマックスコーヒーなみの甘ったるい認識と論調で語っている人が多かったようですが、みんな、いい加減、自分の身は自分で守るしかない事に気付くべきではないかと思います。

そして例の通り魔事件です。
楽観的な人は、何百人といる中で、17人しか被害に遭わなかったと見るかもしれませんが、一人の犯罪者に対しての被害者の量としては、充分すぎると思います。
前の前の日記で、逃げることの難しさを書きましたが、何百人もいて、全員、逃げまどうだけでなく、戦っていたら、そこまでの死傷者も出なかったのではないでしょうか。
たとえば、ニューヨークの真ん中で同じ事件が起きたら、ここまでむざむざとボーナスゲームのようにザクザク殺されはしなかったと思うのです。
絶対、逆に飛びかかった奴もいただろうし、一人組み付いたら、他の人もどんどん尻馬に乗って犯人をボコボコにしていたでしょう。
そこまで出来なくても、数百人で、バンバン持ってる荷物でも缶ジュースでも小銭でも、とにかく投げ付けまくるとかすれば、どうにかなったんじゃないでしょうか。

勿論、見知らぬ人の為に命を捨てて戦えとか、そんな事は言えないし、私もやろうと思いませんが、最低限、自分と身の周りの大事な人を暴力から守るくらいの心得は生物として必要だと思います。

しかし、よくこんな民族が、ロシアとかアメリカと戦えたな。
ナイフ持った契約社員一人に、こんなに殺されちゃうんじゃ、精悍なマサイ族の戦士とかが相手だったら百人は殺されてたんじゃないかな。


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    2008

06.07

« 講習会のおしらせ »

6月29日 13時〜19時くらい
新宿スポーツセンター第一武道場
途中参加、離脱可
初参加者500円・二回目以降300円・レギュラー商会員無料
いつも通りです。
終わった後は飲み屋に吸い込まれていく方向で。

武術界の価格破壊!
この時間でこのお値段は、なんと高岡英夫の60分の1!
レッツビギン・アムウェイやで。ポジティブやで。

※日程、当初22と告知していましたが、変更しました。29です。

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