2008
« ドラネ・クロニクル5 現代編 »
開かれた場作り。それは難航しました。
意外なことに、全くの初心者が集まってきてしまったのです。
そうなると、私は、私の技術を教えるところから始めることになります。
これでは、私自身の強さには繋がらないのではないか。最初はそう思いました。
しかし、「教える」という事は、思いもよらぬ効果をもたらしました。
自分の中で整理せず漫然とやっていた事を、人に伝えようとする事で、新たな発見がいくつもあったのです。
そして、教わる人間は私の真似をする事になるのですが、それによって自分の悪い癖や、欠点を客観的に捉えることができました。
私は、人に教えるという行為に興味を持ちはじめました。
それは、心の底にある不安とも直結していました。
私はそのころ、労働をして金銭を得るという能力が自分には決定的に欠如していることに気付きはじめていました。
年金もろくろく納めていないし、多分、長くは生きられないでしょう。
しかし、自分が生きた証を残したいという気持ちが、自分の武術を世に残す事に集約されていったのだと思います。
そして、教える中で教えられ、幾度かの別れや出会いがあり、ドラネコ商会は現在のような形になっていったのでした。
あれ? なんか最後あっさりと終わってしまった。

意外なことに、全くの初心者が集まってきてしまったのです。
そうなると、私は、私の技術を教えるところから始めることになります。
これでは、私自身の強さには繋がらないのではないか。最初はそう思いました。
しかし、「教える」という事は、思いもよらぬ効果をもたらしました。
自分の中で整理せず漫然とやっていた事を、人に伝えようとする事で、新たな発見がいくつもあったのです。
そして、教わる人間は私の真似をする事になるのですが、それによって自分の悪い癖や、欠点を客観的に捉えることができました。
私は、人に教えるという行為に興味を持ちはじめました。
それは、心の底にある不安とも直結していました。
私はそのころ、労働をして金銭を得るという能力が自分には決定的に欠如していることに気付きはじめていました。
年金もろくろく納めていないし、多分、長くは生きられないでしょう。
しかし、自分が生きた証を残したいという気持ちが、自分の武術を世に残す事に集約されていったのだと思います。
そして、教える中で教えられ、幾度かの別れや出会いがあり、ドラネコ商会は現在のような形になっていったのでした。
あれ? なんか最後あっさりと終わってしまった。


