2008
« 徒然草 »
健康。健康。
うん、健康は大事だよね。ホント。もう、健康命! 健康の為なら死んでもいいね。
まあ、それは冗談ですが、最近、本当に食事とか生活習慣とか、色々気を配らないと体調が維持できなくなってきています。
ここ半年くらいでかかった病気といえば、尺骨神経痛、食道裂孔ヘルニア、帯状疱疹と、若さのかけらもないものばかり。どれも地味につらかったので、健康の大事さを噛み締めております。暴飲暴食、無頼の月日、今はただ悔ゆるのみ。
で、武術と健康についてですが、基本的には無関係なスタンスでやってきました。
39度の熱が出ていても稽古に行って、「熱があるからって敵がいれば戦うしかないんだぜ。真の武術は体調にパフォーマンスが左右されないんだぜ。ヒャッハー!」とか言って、翌日、三途の川のほとりに佇んでいたりした訳です。
確かに、どんな状態でも戦える技術は必要です。しかし、長いスタンスでみれば、常に万全の備えをしておくのも武人のたしなみとしては必要なんじゃねえの? と考えが日和ってきました。
なので、武術的に見て健康というのは、快眠、快食、快便といった一般的な健康から一歩踏み込んで、快戦、戦えるコンディションであると定義したいと思います。
野生生物にとって、爪や牙、羽など、戦闘に必要な機能を失うことは死を意味するのです。
すると、どうでしょう。この「戦える」という要件を足すと、結構、世間の人の多くが「不健康」に分類されるようになってしまいます。じゃあ俺と世間とどっちが間違っているかと言えば、客観的に見て世間が間違っている。
だって、健康の為にジョギングとかしてて、通り魔に刺されたら死んじゃうじゃない。同じ時間、稽古してれば生き延びるかもしれないじゃない。
教訓》 白桃会に入ろう。入れ。
……あ、終わっちゃった。いや、今回はそういう勧誘とかじゃないんですよ。
まあ、そういう点、太極拳とかよく出来ているな、というのは、護身として考えた時に、外敵だけでなく、内敵、体の中の敵にも意味があることですね。
太極拳を毎晩やっていた頃は、真冬に半袖でも体が熱かったという話を以前、クロニクルに書きましたが、本当に、汗をかくにしても、疲れるにしても、その質が違う。心地よい汗と疲れなんですね。温泉に入ったみたいな。多分、脳内麻薬とかも出てるんでしょう。
一般的な鍛錬は、同じ箇所に同じ間隔で負荷をかけます。
筋肉がつく仕組みの超回復というのも、一回壊して再構築させている訳ですが、やはり一回壊しているということは、あまり体に良くない訳で、鍛え過ぎた人は短命な傾向にあります。
しかし、感覚的な感想で言うと、太極拳は常に力のかかっている部位が移動していく為に、筋肉の量は変わらないけど、質が変換されていく。
しかも、その時、普段なら慣性や惰性で流してしまうような動作をあえて意識的にゆっくり行うことで、神経のシナプスが新規にどんどん生成されている感じがする。多分、これを指して、勁道と呼んだりしているのではないでしょうか。
そのせいか、すごく時間の感覚が引き延ばされた感じになったりします。
これによって、相手の攻撃がコマ落としに見えたり、動きと動きの間の隙が見えるようになったりもします。ずっとやっていれば、感覚的には不老不死になるかもしれません。
不老不死は冗談にせよ、こうしたトレーニングは、単純な筋肉疲労や、免疫、抵抗力の低下などがありません。むしろ、意識を向けていなかった部位を動かすことで、全身の活性化、基本性能の底上げがされます。むしろやればやるほど力がみなぎるぜ! という感じです。
そして、それだけに武技としても、鍛錬が苦痛にならず長時間行えるので、結果的には強くなるにも近道だと思います。一日2時間、三か月くらい稽古すれば、けっこう劇的に見た目から変化しますよ。お試しあれ。
うん、健康は大事だよね。ホント。もう、健康命! 健康の為なら死んでもいいね。
まあ、それは冗談ですが、最近、本当に食事とか生活習慣とか、色々気を配らないと体調が維持できなくなってきています。
ここ半年くらいでかかった病気といえば、尺骨神経痛、食道裂孔ヘルニア、帯状疱疹と、若さのかけらもないものばかり。どれも地味につらかったので、健康の大事さを噛み締めております。暴飲暴食、無頼の月日、今はただ悔ゆるのみ。
で、武術と健康についてですが、基本的には無関係なスタンスでやってきました。
39度の熱が出ていても稽古に行って、「熱があるからって敵がいれば戦うしかないんだぜ。真の武術は体調にパフォーマンスが左右されないんだぜ。ヒャッハー!」とか言って、翌日、三途の川のほとりに佇んでいたりした訳です。
確かに、どんな状態でも戦える技術は必要です。しかし、長いスタンスでみれば、常に万全の備えをしておくのも武人のたしなみとしては必要なんじゃねえの? と考えが日和ってきました。
なので、武術的に見て健康というのは、快眠、快食、快便といった一般的な健康から一歩踏み込んで、快戦、戦えるコンディションであると定義したいと思います。
野生生物にとって、爪や牙、羽など、戦闘に必要な機能を失うことは死を意味するのです。
すると、どうでしょう。この「戦える」という要件を足すと、結構、世間の人の多くが「不健康」に分類されるようになってしまいます。じゃあ俺と世間とどっちが間違っているかと言えば、客観的に見て世間が間違っている。
だって、健康の為にジョギングとかしてて、通り魔に刺されたら死んじゃうじゃない。同じ時間、稽古してれば生き延びるかもしれないじゃない。
教訓》 白桃会に入ろう。入れ。
……あ、終わっちゃった。いや、今回はそういう勧誘とかじゃないんですよ。
まあ、そういう点、太極拳とかよく出来ているな、というのは、護身として考えた時に、外敵だけでなく、内敵、体の中の敵にも意味があることですね。
太極拳を毎晩やっていた頃は、真冬に半袖でも体が熱かったという話を以前、クロニクルに書きましたが、本当に、汗をかくにしても、疲れるにしても、その質が違う。心地よい汗と疲れなんですね。温泉に入ったみたいな。多分、脳内麻薬とかも出てるんでしょう。
一般的な鍛錬は、同じ箇所に同じ間隔で負荷をかけます。
筋肉がつく仕組みの超回復というのも、一回壊して再構築させている訳ですが、やはり一回壊しているということは、あまり体に良くない訳で、鍛え過ぎた人は短命な傾向にあります。
しかし、感覚的な感想で言うと、太極拳は常に力のかかっている部位が移動していく為に、筋肉の量は変わらないけど、質が変換されていく。
しかも、その時、普段なら慣性や惰性で流してしまうような動作をあえて意識的にゆっくり行うことで、神経のシナプスが新規にどんどん生成されている感じがする。多分、これを指して、勁道と呼んだりしているのではないでしょうか。
そのせいか、すごく時間の感覚が引き延ばされた感じになったりします。
これによって、相手の攻撃がコマ落としに見えたり、動きと動きの間の隙が見えるようになったりもします。ずっとやっていれば、感覚的には不老不死になるかもしれません。
不老不死は冗談にせよ、こうしたトレーニングは、単純な筋肉疲労や、免疫、抵抗力の低下などがありません。むしろ、意識を向けていなかった部位を動かすことで、全身の活性化、基本性能の底上げがされます。むしろやればやるほど力がみなぎるぜ! という感じです。
そして、それだけに武技としても、鍛錬が苦痛にならず長時間行えるので、結果的には強くなるにも近道だと思います。一日2時間、三か月くらい稽古すれば、けっこう劇的に見た目から変化しますよ。お試しあれ。

